1. 発見・化学名 ニコチン酸は,C. Huberが1867年に,タバコに含まれる有毒成分の一つであるニコチンを硝酸で酸化して得たのが最初であり,ニコチンを酸化して得られた酸であることから,ニコチン酸と名づけられました. このニコチン酸にビタミン活性があることを発見したのはC.A. Elvehjemらであり,1937年のことでした.彼らは,黒舌病(こくぜつびょう:ヒトのペラグラに類似の病気)になったイヌに,ニコチン酸を投与することによって,黒舌病を治癒させました.一方,彼らは,黒舌病治癒因子を肝臓から単離し,この化合物はニコチン酸がアミド化されたものであったことから,それをニコチンアミドと名づけました. 1938年になると,ヒトのペラグラもニコチン酸で治癒することが明らかにされました.一般に現在では,ニコチン酸とニコチンアミドを総称して,ナイアシンと呼んでいます. 2. 欠乏症 ナイアシン欠乏症のぺラグラは,皮膚が荒れ,下痢が起り,精神神経に異常をきたし,治療をしないとやがて死に至ります.特に,紫外線を受けた皮膚は赤く腫れ上がり,やがて黒ずんできて,かさぶたのようになるのが特徴です.イヌでは,舌が黒くなる黒舌病が起ります.ラットでは,はじめは食欲不振となり,成長が止まり,毛が抜け,毛並みが悪くなります.さらに進行すると四肢がケイレンするようになります. ナイアシン欠乏時の代謝上の変化としては,血液中の活性型NAD(酸化型+還元型)量は低下しますが,NADP(酸化型+還元型)量はあまり低下しません.したがって,NAD/NADP比は,ナイアシン栄養の指標となります.ちなみに,ヒト全血1ml中のNAD含量は30nmol程度,NADPは10nmol程度であり,その比率は約3です. 3. 生化学と生理作用 ナイアシンの主な生理作用は,NAD+,NADH,NADP+,NADPHとして,約500種類の酵素の補酵素として機能することにあります.現在までに知られている酵素の総計は約2200種類であることから,これらが,いかに多くの酵素反応に関与しているかがわかりますし,全補酵素中で最も多い数です. グルコースなどの糖質,脂肪酸,アミノ酸からATPが作られます.これらのエネルギー産生物質から電子がNAD+に移されることが,ATP産生の初発反応です.NADPHは体内でグルコースから脂肪酸が作られる時に必要です.NADH,NADPHは体内において酸化された化合物を元の還元状態に戻すのに使われます. 4. 食事摂取基準と多く含む食品 ナイアシンの推定平均必要量は,尿中に排泄されるナイアシンの異化代謝産物の一つであるN1-メチルニコチンアミド排泄量から,ナイアシン当量(niacin equivalent:NE)として4.8mgNE/1,000kcalと算定され,推奨量は5.8mgNE/1,000kcal(推定平均必要量×1.2)と決められています.1日当たりの量に換算するには,推定エネルギー必要量を乗じて計算します.たとえば,18〜29歳の男性および女性で身体活動レベルU(ふつう)の場合の推奨量は,それぞれ15mg/日および11mg/日です. ナイアシンは,人でも,必須アミノ酸のトリプトファンから生合成でき,その転換率は,一般に,重量比で1/60程度です.そこで,ナイアシン当量(NE)という概念が生まれました.1rNEとは,1mgニコチン酸,1mgニコチンアミド,あるいは60mgトリプトファンに相当します.したがって食品中のナイアシン当量は,ナイアシン(rNE)= ニコチン酸(mg) + ニコチンアミド(mg) + 1/60 トリプトファン(mg). ナイアシンを多く含む食品として,マイタケ(乾),タラコ(生),インスタントコーヒー(粉末),かつお節,パン酵母(乾),ビンナガ(生),からしめんたいこ,メジマグロ(生),カツオ春どり(生),キハダ(生),落花生(乾)が挙げられます. 5. 備考 薬理作用について ニコチン酸を毎日大量 (数グラム/日)に投与すると,血清コレステロール低下作用が発現します.特にアメリカでは,心筋梗塞などの高コレステロールに起因する疾病の予防と治療に,広く使われていますが,その副作用としてフラッシングがあります.フラッシングとは,一度に100〜200mg以上のニコチン酸を投与すると,体のほてりや痒みが出る作用ですが,2〜3時間すれば治ります. ニコチンアミドは,大量投与による,ある種の糖尿病の予防・治療効果,アポトーシス阻害作用も報告されています. ニコチン酸とニコチンアミドの生理作用は,上述のように補酵素作用であって等価ですが,興味深いことに薬理作用に関しては,両者は全く異なります.