1. 発見・化学名 1922年,E.V.McCollumnによりタラ肝油中にクル病治癒因子が存在することが明らかになり,発見の順番に従いビタミンD(化合物名:カルシフェロール)と命名されました.その後,紫外線照射された食品中や動物体内にクル病予防因子が存在することがわかり,これがプロビタミンD(ビタミンDの前駆体)の光照射反応によって生成する物質であることが明らかとなり,1932年にビタミンDの構造が解明されました.天然に存在するビタミンDには,中心骨格となる5,7ージエンステロール(コレステロール骨格のB環部分が開裂した構造に相当する)のD環に結合した側鎖部分の構造のみが異なるビタミンD2(エルゴカルシフェロール)とビタミンD3(コレカルシフェロール)があります.紫外線の照射によって,前者は植物や酵母に存在するプロビタミンD2(エルゴステロール)から生成し,後者は動物の皮膚に存在するプロビタミンD3(7ーデヒドロコレステロール)から生成します.くる病治癒活性に関して,ビタミンD2とビタミンD3はほ乳類においてはほぼ同等であり,通常,両者を総称してビタミンDと呼びます. 2. 欠乏症 戸外で適度に日照を受けることのできる生活をしている人では,通常,食事からのビタミンD摂取が不足してもビタミンD欠乏症はほとんど起こりません.しかし,日照時間の短い地方に住んでいる人や屋内生活時間の長い高齢者では,ビタミンDの摂取不足により欠乏症が起こることがあります.ビタミンDの欠乏症では,乳幼児・小児では肋骨や下肢骨の変形を特徴とするクル病が,成人では骨の石灰化障害を特徴とする骨軟化症が現われてきます.レントゲン像で関節部の肥大や二重関節などの症状が認められるクル病発症早期では,食事へのカルシウム補充とともにビタミンD投与によって症状が改善されますが,ビタミンD欠乏状態が長期に続くと骨格の変形(O脚やX脚)から恒久的な歩行障害へと進展する場合があります. ビタミンD欠乏症とよく似た症状を呈するものにビタミンD抵抗症があります.これは,ビタミンDの摂取量や皮膚での産生量に異常は無いものの,体内でのビタミンDの活性化障害あるいは腸や骨でビタミンD作用が起こり難いために結果的にビタミンD欠乏症と同様の症状が現われてくる疾患です.近年,わが国ではビタミンD欠乏症の発生は稀であり,むしろビタミンD抵抗症に対する対策が求められています. ビタミンDを過剰に摂取すると様々な副作用が現われてきますので,1歳未満の乳児では一日25μg(1,000IU;IUは国際単位でビタミンDのIUは約0.025μg),1歳以上では50μg(2,000IU)が許容上限摂取量とされています.過剰症としては,高カルシウム血症,軟組織の石灰化,腎障害などがあります.ビタミンDの摂取によって過剰症が起こることは稀ですが,その1000倍の生物効力を有する活性型ビタミンDあるいはそのプロドラッグである1α-ヒドロキシビタミンDなどの医薬品の使用については十分な注意が必要です. 3. 生化学と生理作用 皮膚あるいは食品由来のビタミンDは血流中に入り,まず,肝臓で側鎖の25位が水酸化されて25‐ヒドロキシビタミンDとなり,次いで,腎臓でA環の1位が水酸化されて活性型ビタミンDと呼ばれる1,25‐ジヒドロキシビタミンDに代謝されます.活性型ビタミンDは血液中に存在する輸送タンパク質によって小腸,腎臓あるいは骨へ運ばれ,これらの組織の細胞内に取り込まれ,核へ移行してDNA上の遺伝子を介してビタミンD依存性タンパク質の合成を促し,生理作用を現わします.これらの過程は,体内のカルシウムやリン濃度あるいはホルモンや様々な生理活性物質によって厳密にコントロールされています.このように,ビタミンDは今や栄養素というよりもむしろカルシウム代謝調節に関与するホルモンの一つとして捉える方が一般的です. ビタミンDの生理作用は大きくカルシウム作用と非カルシウム作用に分けられます.カルシウム作用は,小腸でのカルシウム吸収,腎尿細管でのカルシウム再吸収,骨でのカルシウム沈着・溶出などの促進作用です.また,非カルシウム作用は,がん細胞などの増殖抑制と分化促進,副甲状腺ホルモンやインスリンなどのホルモン分泌の調節,T細胞やB細胞を介した免疫調節作用などがあります. 4. 食事摂取基準と多く含む食品 日本人の食事摂取基準2010年版では,成人においてビタミンDの目安量は男性5.5μg/日,女性5.5μg/日であり,適度な日照を受ける環境にある乳児(0〜5ヵ月)および乳児(6〜11ヵ月)の目安量はそれぞれ2.5μg/日および5.0μg/日です.一方,日照の受ける機会の少ない乳児(0〜11ヵ月)の目安量は5.0μg/日です. ビタミンDは,日本食品標準成分表2010によると,ウナギ(生),カツオ春どり,秋どりおよび天日干しのシイタケ(乾)など一部の食品を除いて,ほとんどの食品中に僅かしか存在していません. ビタミンD含量の比較的高い食品としては,動物性食品では魚肉や乳・乳製品,植物性食品ではシイタケなどのキノコ類です.しかし,体内の需要を満たす程度にビタミンDを摂ることはなかなか困難ですので,日照を適度に浴びることが最も効果的といえます.わが国では,一日,夏場で30分間程度,冬場でも1時間程度の日照で十分な効果が得られるようです.